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加藤登紀子さんの歌う曲の中に「100万本のバラ」という曲があります。好きな歌でBGMとして流れる歌の中にいつも一度は入っているのですが、聞きながらいつも思うのは、この曲は何が言いたかったのか?ということ。
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貧しい絵描きさんが町にやってきた女優に一目惚れし、自分の家もキャンバス(商売道具)もすべて売り払って女優に街中から買い求めた100万本(=たくさんの)バラの花を送り届けた。窓を開けた彼女が見たのは一面に広がるバラの花。
それを見た彼女は、どこかのお金持ちが道楽でそんな事をしたと思っただけ。絵描きはそっと窓から顔出して驚いている女優の姿を見ているだけ。
やがて女優は興行で別の町に移動していく。バラと引き換えにすべてを失った絵描きは、孤独な日々を送った。ただ、そのバラの思い出だけが消えずに生涯残った。
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そんな内容の歌ですが、この歌で思い出すのは、昔、まだ自分が20代の頃に聞いたある話。人前で毎週スピーチをしなくてはいけないので、口下手な自分が思いきってある「話し方教室」を受けにいった時のこと。
講師の今は亡き江川ひろしさんが話された話です。以下がその内容です。
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『昔、後の豊臣秀吉になる羽柴藤吉郎が織田信長に仕えていたある寒い朝。玄関に控えている時、草履が冷たかろうと自分の懐に入れ温めておき信長が来た時にそれをサッと出した。すると信長が「こら!サル!お前は寒いからワシの草履を尻に敷いていたのだろう!とんでもないヤツだ」とすごい剣幕で怒った。
藤吉郎は「いえ、滅相もございません。殿の御御足が冷たかろうかと懐に入れて温めておりました。」と応えました。すると秀吉はそれを聞いて「それは大義であった」と喜んだ。そして藤吉郎を後々ひきたてていった。』
という話を聞いた事があるでしょう?この話の肝心な所は何だと思いますか?
藤吉郎が信長の草履を懐で温めておいてあげたことでしょうか?
もちろんそれは賞賛すべきことですが、それだけではこの話は出来上がらないのです。
信長と言えば、当時は破竹の勢いのすごい男。その男が「お前、俺の草履を敷いていたのだろう!」と怒っている時に、もし藤吉郎が「いえいぇ・・あの・・ぱぴぷぺぱぴぷぺ・・」と言っていたら、パシャ!と刀で切り捨てられていたことでしょう。
でも藤吉郎がすごかったのはそこから。「いえ、殿。私めは殿の御御足が冷たかろうかと、それではいけないと懐に入れて温めておりました。」と応えたのです。キチンと話したので。話したから手打ちにならず、反対に誉められることになったのです。
いかに話をするということが大切な事か、これでよく分かったかと思います。
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必要な事を、必要なだけ、必要な時に、必要な人に伝える事が大切だということ。
100万本のバラの絵描きさんは、それが抜けていたということだなぁといつも思うのです。
(2024年10月04日)